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2017.04.11

溺れてるけど、藁を掴むのが下手すぎる

私事も私事であるが、彼氏との交際が昨日で半年とのことである。
LINEで連絡があって初めて私はそれを知った。
0時きっかりにきたあたたかいメッセージになんと返したものか悩んでもう一日が過ぎた……。
なんて返したらいいのか本当にわからない。
私は彼をなんとも思っていないので。

ところで、これを読むあなたにとって「生きるよすが」とはなんだろうか?
生きる意味とかよりどころとか、そういうものが誰しもひとつはあるのではないかと思う。
たとえばそれは家族だったり趣味だったり将来の夢だったり。
日々ボーッとなんにも考えずに生きているという人もよくよく考えればきっとある。
しかしながら、心の調子を崩すとそういったものがなくなってしまうのもまた事実なのだ。
私は社会人三年目の初夏、精神のバランスを大いに崩した。
もともとうつ傾向が強く通院していたのが任せられた仕事の大きさに耐えられずひどくなって、という経緯があるのだがそれは今回のことには深く関わってこないので割愛する。
ともかく、私はなんやかんやで躁うつ病の診断を受けるに至った。
うつ状態に陥り深く落ち込んだ私は今まで「ボーッとなんにも考えずに生きていた」状態が保てなくなってしまった。
無意識的に持っていた生きるよすがを完全に見失ったのである。
何も手につかなくなった。
本どころか漫画も読めなくなり、テレビ番組も聞き流せはするが理解できなくなった。
飼い猫もかわいがる気が起きない。風呂も歯磨きも立ち上がるのもおっくうになった。
幸いにも拒食・不眠状態というより過食・過眠になったので、空いた時間は泣いてるか食べてるか吐いてるか寝てるかしてればよかった。
とりあえずやることはあったのでラッキーなほうだ。体重は7キロ増えたけど……。
しかしながら「これがあるからがんばるぞ!」「明日は予定があるから今日これを済ませておかなきゃ」など日々の糧を一切忘れてしまった状態なので、もう完全にオワリを感じていた。
ボーッとなんにも考えずにワハワハ笑って生きていたのが、ボーッとしながら死を考えるようになったのでとりあえずクオリティ・オブ・ライフがマイナスなのはわかってほしい。
もっとつらい人たくさんいると思うんですけど、この苦しみは私だけのものなのでとりあえず言わせておいてください。
生きるよすががない。
キツい。
早めに死にたい。
ここから逃れさせてくれ。
生きる価値なし……。
このあたり、ツイッター見てた人に指摘されたのだが明らかにおかしくなっていたという。
本人は自覚がない。毎日苦痛だったかもな???と思うくらいで。(今はサイコ~にハイ!です)
何もしなくても涙が出るなか、とりあえず出社しては会社の便所で腕をスパスパ切る日々。
しかし、そんな毎日にある日突然転機到来!
躁のお通りである。
急にムクムクと不思議な自信があふれてきたのを覚えている。
「あ、風呂入らなきゃ」と思った。風呂上り、鏡を見て突然「私は世界一かわいい」と思った。
久しぶりに髪の毛をきちんとドライヤーで乾かしながら、私は昨日まで考えることもできなかった明日のことを考えていた。
本人は全くこの変化を自覚していなかったが、躁期間に入った私はいろんなものを求め始める。
漫画ほしい!(でも開いたところで集中できなくて内容を理解できはしない)
新しい服、新しい靴買わなきゃ!(買うだけで袋から出せない)
メガネを新調したい!(これ、マジで似合わないの買ったから今もかけてない)
お母さんに映画とごはんをおごりたい!(これはちゃんとおごりました)
自転車でバンバン出かけたい!
その流れで、ずっとお休みしていたアウトドア系のサークル活動も再開した。

しかし、アップ期間はそう長く続かなかった。
私はウルトラマンのごとく躁の期間が短いたちらしい。
また緩やかな精神状態の降下が始まった。
一度取り戻した意欲が徐々に失われていくのを知覚するのは驚くほど恐ろしい。
ズルズル落ちていくなか、私は「生きるよすががまたなくなっちゃうぞ」と恐怖した。
私は必死にたのしそ~!なことを試した。
漫画がダメだったのでアニメを見た。漫画原作ミュージカルも見てみた。
カラオケに行ってみた。
一人スイーツバイキングも敢行した。
公園にお弁当を持って行ってみたりもした。
手当たり次第である。
まさに、溺れる者は藁をもつかむ。
うつの濁流に流されかける私が手を伸ばしまくった藁に、一つ引っかかるものがあった。
鉄血のオルフェンズであった。
dアニメストアで一気見しながら私はホッとした。
「これ、たのしい。しばらく大丈夫そう」
それにかぶりつくことでモチベーションが保てるのを感じ、思ったのだ。
「この調子でとりあえず手当たり次第掴んでみてひとつでも生きるよすが候補を増やそう」

ここでやっと冒頭の彼氏の話題に戻る。
本当に長々書いてしまって冗長極まる。私はあんまり簡潔に書くのが得意でないので。
私がいわゆる「恋人」を得たのは「生きるよすが」になればいいと思ったからだ。
鉄血のオルフェンズ一期を全部見終わった私は、二期開始までの間にさらによすが候補を集めることに腐心した。
溺れる者は藁をつかみまくる。
気分が下降しないよう、(本人はそれはそれで問題だとは思っていなかったので)永遠にこの最高にハイな気分が続くよう、とにかく流れてくる藁に手を伸ばしてつかんでみた。
その一つが「恋愛」であった。
世には恋愛至上主義なる考え方がある。恋愛なしに生きるのはもったいない、とも。
恋愛を主題にしたドラマ、映画、小説、漫画にも事欠かない。
私はしばらく恋愛をしていなかった。
誰も妖怪化した腐女子の恋愛遍歴なんか聞きたくもないと思うのだが、長続きしたり深い関係にならなかったにしてもとりあえず告白されて付き合ってみたことはある。
しかしそれらを中心に生活を送るということは経験がなかった。
その人無しで生きることが考えられない!めっちゃ好き!という感情がそこまで強くない暮らしを送ってきたからだ。生身の人間への執着心が薄い妖怪腐女子なので。
でも今は違うかもしれない。私は最後に彼氏がいた時よりずっと年齢を重ねた。
試してみる価値はあると思った。
私はその時、自分はなんでもできるという万能感に狂っていたので、止まる理性は存在しない。
行動は早かった。
「付き合ってくれ! 私のこと嫌いか!? 嫌いではないよね?! じゃあ、付き合おう!」
予備動作一切無しのストレート剛速球を身近な男性の腹に食らわせ気絶させるまで、マジで2日とかからなかった。
躁状態のイッちまってる女の気迫負けしたのか、それとも私のことちょっと気になってたのか、相手があんな脅迫のような告白にオーケーしたのもめちゃくちゃにクレイジーだと思う。
彼は気が弱い童貞だった。
私はまた一本、藁をつかんだ。

しかし、私は愚かなのでその時ちっとも考えていなかった。
この「恋愛」なる藁は、他の藁と違って一度つかむと簡単に手放せないことに。
非常に不純な動機から始まったわれわれの交際は難航を極めた。
まず好きになることから始めなければならなかったからだ。
卵が先か鶏が先か、というが、こと恋愛に関しては「好き」が先に来ていてしかるべきだろう。
なのに感情なく無理矢理に「交際」のほうから始めてしまったものだからもうめちゃくちゃだ。
彼氏になった男性はなかなかにオモシロ人材なので、心のない半年の付き合いであってもそこそこにスベらないネタもあるのだが、今回の話には直接のかかわりはないので割愛する。
(とりあえず、知り合い全員に「なんで付き合った?」「別れたほうがいいって」と言われる人材であることだけお伝えしたい。彼は大学中退で無職でニートなのだ。でも彼はいいやつだと私は思う)
恋や愛を目的としたものでない恋愛関係に案の定私はすぐに飽きてしまった。
「LINEは毎日しよう」
「記念日はお祝いしよう」
その頃、私のテンションはまた緩やかに下降を始めていた。
鉄血のオルフェンズ二期開始まで案外時間が空いていたせいだと、今にして思えばわかる。
ともかく「毎日○○をする」という義務が非常にうっとうしくなっていた。
自分から始めた交際になにを文句つけてるのかと糾弾されたらもうすみませんと言うほかない。
もう完全にクソ人間もクソ人間。
彼氏が優柔不断で、デートの行先やごはんのお店なんかも全部私が提案しなきゃいけなかったのもズッシリくる重たさに拍車をかけた。
まぁ、でも彼氏は悪くないのだ。いいやつなのだ。
彼氏はふつうに「恋愛」を真っ当に求めてきていたのに、私だけがそこに「生きるよすが」という可能性を求めていたお門違い野郎だから。

付き合い始めて三か月記念の日、彼氏がお母さんからのお小遣いで食事の代金をちょっと多く払ってくれた時。
私は決定的に「違うな……」と思った。
なんかもう彼氏も自分も情けなく思えてしまい、なんかもう会いたくねえなぁ、になった。
三か月間、もしかしたらもしかしたらと期待したものの、これは生きるよすがになりえないのがわかってしまったのである。
遅すぎると思う。
彼氏の時間を無駄に使ってしまって申し訳ない。本当にごめんな……。
いつまで経っても就職しないから…とか仕事の話すると気まずくなるから日常の報告ができないから…とかなにかしら相手にいちゃもんつけようと思えばつけられるのだが、そもそもそこを包み込むほどの「好き!」がなく、勝手にメンヘラ治癒のためのプログラムに組み込もうとした私が悪い!
鉄血のオルフェンズ二期はとっくに始まっていた。
私が毎週楽しみにしているのは、彼氏と顔を合わせる瞬間ではなく鉄血のオルフェンズ最新話放送日であるのは明白だった。
毎週展開を重ねるごとに重苦しくなる任侠ガンダムに完全に興味が移っている。
もともとヤクザものが好きなので、ロボットより任侠に比重が置かれ始めた鉄血のオルフェンズが好きにならないわけがないのだ。
多少の粗くらい見逃してしまう。
しかし、私の人間としての粗は脚本のように見逃せないのだった。
三か月経っても手をつなぐだけの清い関係に周囲は勘ぐり始めた。
まぁ相手もその先を促してもちっとも手を出してこないのですが……(ブスだからですか?)
私の気持ちがカレピッピから離れているのは傍目に見ても明確なのであった。

そんなこんな、とまとめることもできない話だが、そんなこんなでさらに三か月経った。
半年が経過した。
鉄血のオルフェンズは最終回を迎えた。
私の生きるよすがはまたなくなってしまい、現在緩やかな下降を感じている。
毎日緩やかに全部が面倒になっていくのを感じる。
そして、一応私と彼の「恋愛」は続いている。
だがテンションの下降には歯止めがきいていない。
私の生きるよすがは、やっぱり「恋愛」には見いだせていなかったのがいよいよもって証明された。
これは溺れている時につかむ藁ではなかったのだ。

私みたいな全日本無責任他人の時間無駄遣い最悪委員会の会員はツイッターのフォロワーとか、このブログを読んでる人にはいるんだろうか。いてくれ、頼む。安心するから。
でも、そろそろこの最悪委員会から抜ける、もとい藁を手放さなくてはならない。
彼氏の就職が決まりそうなのだ。
彼の初めての仕事は、配管工だ。思わず「マリオかよ」と言ってしまった。
仕事を始めれば絶対私よりマシな女が見つかるはずなのだ。なぜならいいやつだから。
だからそろそろ「付き合って半年だね」LINEにも誠意ある返信をせねばならない。
私は日々緩やかにうつ状態に向かって下降している。
全部がめんどくさくなってオワリ~~~~!になる前に謝っておく必要があるのだ。


最後に、溺れる者は藁をもつかむの意味を今一度確認したい。

「溺れる者は藁をも掴むとは、人は困窮して万策尽きたとき、まったく頼りにならないものにまで必死にすがろうとするというたとえ。」

恋愛自体は「まったく頼りにならないもの」ではないだろう。
ただ、「恋愛関係を持つことで生きるよすがが増えるかも!」という本末転倒意味不明理論で恋人作っても迷惑をかけるだけという話なのだ。
私に言われるまでもないと思うんですけど、他人との関係を築く際の判断は慎重に。
マジでこんなんばっかだな。
なにせ、アルバイト先もマトモに選べない脳みそカラッポ女だから……。
書いてて思いました。もう本当にどうしようもない人間だよ……。
呆れてください。

Posted at 14:52 | 小話 |
2017.04.08

アルバイトを買った話

アルバイト(独)Arbeit
①仕事。労働。
②学問上の労作。著作。
③学生などの内職。バイト。
(講談社「和英併用 現代実用辞典」)

意味の通り、多くの学生が経験する小遣いないし学費稼ぎのアルバイト。
今回は私の初アルバイトと仕事先の狂った店長についてお話したい。

私が初めてアルバイトをしたのは大学1年生になりたて、まだ雪のとけきらない春。
わりに遅咲きなデビューだが、別段高校時代金策に困っていなかったわけではない。
家は貧乏だしお小遣い制度はないし親戚もほとんどいないのでなけなしの貯金で地味に遊び、携帯代も払えないのでずいぶん長く持っていなかった。(友達とハンバーガー食べに行く金がなくて当時自ジャンルだった戦国無双3Zを売ったことから戦犯と呼ばれたこともある)
にも関わらずなぜアルバイトをしてこなかったのかというと、単純に言って
「働かせてもらえなかったから」である。
落ちるのだ。もう、書類選考で落ちる。
二十は落ちた。
当時ワンオペブラックで誰でも採るとさえ言われていた某牛丼チェーンすら落ちた。
なぜあそこまで落ちたのかは今もって謎でしかないが、顔面の問題なのか覇気の問題なのか……。真面目そうな風貌だし声はデカかったと思うんですけど。
そんな折でした、運命の初アルバイト先と出会ったのは。

心機一転大学性生活、今度こそアルバイトを!
と意気込み応募したコンビニで落ちた帰り、何気なく見た求人チラシ。
「オープンスタッフ募集 1名 18:00~22:00 週3日 接客、軽作業 時給××円」
本当にその程度しか書かれていない簡素なチラシ。
なんの店かさえ書いていない。
どうやらチラシを貼っているドアが店舗入り口らしいので看板を見たが、
店名さえ書いていないありさま。暖簾のひとつもないのには驚いた。
しかし、バイトに落ち続けた私にはこの得体の知れなさが逆に光明に見えた。
店の名前も何の店なのかすらわからない店の求人に電話したのは次の日のこと。

冗長になってきたので結論から言うのだが、私はこのアルバイトを店長と喧嘩して辞める、というか売り言葉に買い言葉でクビになる。
私もメンタルヘルス崩壊女(当時はまだ発症してない)だけど、店長も狂ってたからだ!

「求人のチラシを見て連絡させていただいたのですが……」
電話をかけて帰ってきた言葉は
「ああ……。それ、なァ。じゃ、明日の16時。来れる?」
文章では声色までお伝えできないのが苦しい。スカイプとかで形態模写したい。
もう、この時点で「「「ヤバい」」」予感のする声だったのだ。
でもここまで来てひきさがれねぇ。

翌日夕方、看板すらない店の戸を開けた私を待っていたのはカウンターに座った男だった。
年のころは30前半か半ばくらいだろうか。椅子に座るというより寄りかかるようにして、入り口のほうを見ていた。
焼き鳥居酒屋特有の、調理場とカウンターを隔てるプラスチック板。
脚の高い木の椅子。巨木をそのまま切り出したような味のあるカウンターテーブル。
男は室内にも関わらず黒いニット帽を目深に被り、目の色から伝わる表情を隠していた。
タバコの灰が灰皿にトントンと落とされる。
短くなったタバコを挟む中指に入った星の入れ墨に思わず目が行く。
無精ひげのある口がシニカルに持ち上がり、けだるく開かれる。
「ボーッと突っ立ってんなよ。バイト希望だろ? 入れよ」
これ、ヤバくないと思う人間いるか?
どう考えても「「「ヤバい」」」店に面接に来ちまったと5秒で思うだろ。
こんな描写が必要なこと日常にほとんどないし、そのポーズで待ち構えてる奴はまず正気じゃないだろ。ここはどこだ?現実なのか?
男は自分の前の椅子を引いて「ここ、座って」と顎で促してきた。
もう明らかにヤバさを感じている。すでに帰りたい。マトモな空間じゃない。
しかしそう言われては「間違えました」と言って帰るわけにもいかぬ。
おとなしく腰掛けた私に、男はまた唇の端を持ち上げるだけのシニカルな笑みを浮かべた。
「お前、バイト受かんねぇだろ」
「えっ。いや、まぁ、確かに何件も落ちてますが……」
「歳は? 大学生だろ? 履歴書、出して」
おずおず履歴書の入った封筒を差し出すと男はタバコを置いてそれを受け取った。
近づいてきた右手の中指に入った星マークの入れ墨が黒でなくて紺色なのに、私はその時気が付いた。
「お前、ウチで雇ってやるよ」
履歴書はまだ封筒に三つ折りで入ったままである。見てさえいない。
「俺ァ、店長の山城。店長とか山城さんとかじゃなくて、ヤマって呼べ」
これがヤマこと狂った店長との出会いだった。
ヤバい。逃げたい。 もうそれしか考えられなかった。

しかし三日後、私は店の前にいた。
ヤマは明らかにヤバい。あんな中二病感ビシビシの30代、ヤバくないわけない。
今回は割愛するが中学時代バリバリの邪気眼電波女として自分に宿った熾天使(セラフィム)と会話してた私をもってしても中学卒業までにはなんとかそのいなたいヤバさから立ち直れたのに、ヤマは30過ぎてもあの特有オーラを維持している。
絶対関わらないほうがいいのだが、しかし背に腹は代えられなかった。
大学生になったら何に変えても携帯電話が必要なのだ。
金がほしい。その一心の私に救いの手を差し伸べたのはヤマなのだ。
乗りかかった舟である。たとえ泥船でも乗ってやるつもりだった。
しかしながら、乗った舟は泥舟ではなくてなんかもっとヤバいものだったのを私はまだ知らない。

ヤマの店は焼き鳥居酒屋だった。
各地を食べ歩いて見つけたこだわりの地鶏を使った串を提供するのだという。
「……ヤマさん、この店看板はないんですか?」
初出勤日、聞かずにはいられなかった。オープンして一週間は経っていると聞いたのにまだ看板も暖簾も見当たらなかったからだ。
「お前、バカ か?」
ぶつ切りの鳥もも肉を串に刺し刺し、こちらを向いたヤマは少し語気を強めてそう返してきた。
「なんの店かわかんねぇけどなんかを感じて入ってくる、そういう客だけでイイんだよ」
わかってねぇなァ。 ヤマはまた肉に視線を戻す。
「はぁ……。でも店名もわかんないですよ」
「別にメシ食うのに名前なんか関係ねェだろ。俺らだけがここが『ヨキジ』だ ってわかってりゃいい」
私はここで初めて自分が働くことになる店の名前を知った。面接でも言われなかったので。
俺らだけがわかってりゃいいっていうか、店長しかわかってないんですけど。
唯一従業員の従業員もわかってないんですが、と言いたいのをこらえ私はジョッキを磨いた。

三回目の出勤。
客が来ない。初回も、二回目も来てない。
私がシフトじゃないときは来たのか、ヤマには聞けなかった。
ここ潰れんじゃないか? そう思いながらとりあえず、誰も出入りしないので汚れてるわけもない床を掃き掃除していた。
掃き掃除の次は拭き掃除。これは何もしてなくても埃が積もるしやる価値があって良い。
カウンターテーブルを拭いている間、ヤマは手持無沙汰なのか私にぽつぽつ話しかけてくる。
聞くに、私が拭いているカウンターは、最初の見立て通り巨木をそのまま切り出したもので継ぎ目がないのだという。
ヤマは居ぬきでこの居酒屋店舗を借りたのだそうだ。前は昔ながらの赤提灯だったらしい。
今の店内は、このあたりの店にしてはオシャレだ。
常連しか集まらない古い居酒屋という感じは払しょくされている。
壁の棚にはレコードが飾られていた。
「ヤマさん、ストレイキャッツすきなんですか」
吠える虎がプリントされた紙のパッケージに入ったレコードは80年代ロカビリーの代表格ストレイキャッツのものだ。
「……別に。俺ァ、猫が好きなだけ。で、やってんのはロカビリーじゃなくてロックだ」
ヤマは中指を突き立てて私にファックポーズしてきやがった。
入れ墨の星が逆さ五芒星になる。
おお、悪魔信者かよ! とあまりの強いサブカル臭気にもう卒倒寸前。
ロッカーなのも予想通りすぎて、もうここまでくると「次はなにを見せてくれんだ?」という気持ちになってきていた。

3回目の出勤にしてやっと店名を知ったような私は知らないことだらけだった。
ヤマが仕事を教えてくれないからである。
「俺ァお前に指図しねぇ。考えて動いて、覚えろ。そんだけだ」
カッコイイ言葉だ。
でもこれはヤマが私とおんなじ仕事をしてて、見て盗めとかそういう時に使うのではなかろうかと、社会人になった今も思う。
ヤマは仕込みをしてるし厨房担当なわけで、私のお手本はしてくれない。
そして私は全くの未経験であって、考えるための基礎すらないのだ。それにこの店の物の場所も料金体系も何もしらない。ヤマもそれを織り込み済みで雇ってくれたのはなかったのか……。
とりあえず、客が来ないので汚れることもない食器をとにかく磨いた。
考えた結果出せた仕事案がこれと掃除しかなかったから仕方ない。ヤマも何も言わなかったので、多分間違いでなかったのだと信じたい。
ヤマは基本的にぶっきらぼうで、楽しくおしゃべりするタイプではない。
話したところでまるで少年漫画のクールな先輩戦士みたいなことを言うだけだ。
気まずい時間。せめて来てくれ。客、頼む。
私と同じで看板がなくても入るアホ、通りかかってくれ頼む!
もう神に祈り始めた時、ガラッと店の戸が開いた。
「あっ、あっ、い、いらっしゃいませ!!!
コミュニケーションに問題があるからというよりあまりに不意打ちだった初来店にあいさつすら噛む私の脛をカウンターの下でヤマが軽く蹴っ飛ばす。
「ヤマ! 来たよっ!」
客は戸を開けるや否やヤマのいる調理場をのぞきこんだ。
こげ茶色のボブカット、色白な美人で、あの帽子をかぶっていた。
あの、路上でひとり弾き語りしてるバンド青年の前にたった一人でしゃがみこんで「私だけはあなたの魅力、わかってる」という顔してる女がかぶりがちな耳当てと一体化してるニット帽だ。
直感で思った。「あ、これ絶対ヤマの彼女だ」
「お前、来んなっつったろ」
「今日アルバイトの子来てるかと思って。来ちゃった」
私のほうを向き直った彼女は「ヤマの彼女です。この人、言い方きついけど、見放さないで一緒に働いてやってね」とほほ笑む。
ぴょこっ! っと音がしそうなかわいい動作で差し出された箱が菓子折りらしいと気づくのにちょっと時間がかかった。
ヤマはバツが悪そうにポリポリと頬をかいている。
私が出勤4回目で初めて出した飲み物は、店長の彼女へのオレンジジュースだった。
もう何もかもが「ベタ」すぎて、自分が妄想の世界に迷い込んだんじゃないか、気が狂ったんじゃないかと思わずにはいられない。
家に帰って開けてみると、菓子折りはかわいらしいマカロンだった。
あるのか、こんなベタなことが。
ヤバそうなバンドマンの彼氏に世話焼きでかわいい彼女という組み合わせ、こんなベタにくるのか。

客が来なかったのはその最初の頃までだった。
徐々に周囲に「最近できたのは焼き鳥屋らしい」と広まったのか客がぽつぽつ来るようになった。
私はやっとこさ給仕という仕事を与えられ、忙しく食器洗いする大変さも味わうことができた。
ヤマは相変わらず仕事のイロハを教えずにまず戦地に飛び込ませてから「なんでそんなのもわかんねェんだよ。こうだよ、こう」と私の肩にアザができるほど殴ったが(従業員を殴るのはどうかと思うのですが、被虐待児というのはこういう時こういうもんなのだと納得してしまうのだ!)まぁ給料はもらえるので、我慢していた。
最低賃金で働くバイト初経験に飲食バイトのマニュアルを自主作成するほどの情熱や知識はないのだ。
そんな折だ、事件が起きたのは。
「気にくわねぇなら、二度と来てもらわなくても構わねェんで」
ヤマがほろ酔いの客にビッ! と新品の串を突き付けた。
せっかく来た客を追い返してしまったのだ。
理由はマジで大したことがないので、世間知らずの私も頭の上にハテナが浮かびすぎて脳が破裂して大気圏まで脳漿が噴き上がった。
曰く、ヨキジになる以前の赤提灯の常連だったその客が「前の店はボトルキープしてくれたけど、兄ちゃんとこはしてくんねぇのかい。テレビも、前の店はおいてたけどおかねぇのかい」と何気なく言ったのが癇に障ったのだと。
それで追い返すか? ふつう?
あんまりな理由だったので、思わず「そんな理由で帰らせたんですか?」と言ってしまった。
その時のヤマの目と言ったらなかった。
ポカンとした私を睨んで「俺ァ、わかる奴だけくりゃいいと思ってんだ。わかんねェ客は客じゃねぇ」と言う。
私は黙ってしまった。気を悪くして帰った客の飲み残したビールを捨てながら、コダワリの店長ってめんどくせぇな……とばかり思っていたことを思い出す。
思えばその時すでにヤマの意味不明さと私が合わないのはわかっていた。

働き始めて二週間ほど経った。
店にはあいかわらず看板がない。しかし、暖簾がついた。
小さく端っこに「ヨキジ」と店名とキジトラ猫の絵が入った赤い暖簾だ。
店名のヨキジというのはてっきり鳥のキジかと思っていたが、猫のことだったらしい。
ヤマは多くを語らないので推理のように店の情報を埋めていかねばならなかった。
私が店についてふつう最初に聞いたら教えてもらえるようなこと(お通しはタダなのかとか予約は受け付けているのかとか)を都度問題が起こってからやっと聞かされ知ることができるようになっている間に、店に取材が入った。
こだわり店長の焼き鳥はロック仲間の伝手をたどって雑誌で紹介されることになったらしい。
店にはますます客が来るようになるのではないかと予想された。
私も今までのように質問しても教えてくれないヤマに負けてゆっくり自分で考えている暇がなくなってきた。ヤマにガンガン質問をした。
ヤマも今日のおすすめの一品をメニューに書くようになり、私はそれをおしぼり渡しのときに紹介することになったのだが、「これどんな料理なんですか」と聞いた私に対して「テメェで金払って食って確かめな」と言われたのは今もって納得いかない。
というかほかのメニューも正規料金で自腹で食って味覚えて客に紹介しろと言われてたの今も納得いかねぇ。
金がないって言ってんだろ!!!!!!!!!!!!!!!!!
このバイトのあと飲食はほとほと懲りたので、他もこれが当たり前なのかは知る由もない。

われわれが出会ってそろそろひと月。
いろいろな無駄話をした。(客が来ないので暇なのだ)
基本的にヤマがロック仲間としたヤンチャ武勇伝だったが、法に触れるものもあるのでここにおいては割愛する。特定されたらヤマ捕まっちゃうからな。
私はヤマの武勇伝が嫌いだった。
なんでカツアゲまがいのガリ勉狩りや未成年飲酒の話(割愛したのはこれよりもっとひどい部類に入る)を延々語られ「テメェは、そういう冒険が足んねぇのさ。だからバイトの一個も受かんねェんだ」とか言われなアカンのじゃと毎日思っていた。
でも、私はまだ見ぬ給料日というのに強い執着があった。
地方の最低賃金である。週に3回のバイトである。大した額にはならない。
しかし、初めて受かったバイト。初めての給料。
ここで辞めるわけにはいかなかった。石の上にも三年! と思ってひたすら相槌を打った。
彼女からもらったマカロン(これも生まれて初めて食べるものだった。中身の入ってない最中だと思った)を食べていたのも私の髪を引っ張る一因だった。

ヤマはよくよく私の肩を殴った。
焼き鳥串の渡し間違えた時、生ビールをビールサーバーから注ぐのに失敗した時。
土鍋をうっかり割った時のパンチはかる~くスキンシップとかそういうのを超えていた。
よくアザを作るので、私は女の子なんですけど……とムカムカと怒りがわいていた。
それに加えて我慢ならないのが、ヤマの口の悪さ。
ヤマは私の名前をあまり呼ばなかった。覚えていたのかも怪しい。履歴書見てないから。
基本的に「お前」。次いで「バカ」、それに「ブス」が続く。
なんなんだこの男は、とさすがに思った。
雇用者とか関係なく、ふつうまだ会ってひと月も経たない赤の他人を罵倒で呼ぶか?
あとヤマの仲間も口が悪いので、飲みに来たとき私のことを「オッパイ」と呼ぶのがふつうにセクハラだろと内心イライラしていた。
店員に「オッパイちゃんさぁ、オッパイ揉むのはサービスに入んねぇの?」と聞く男はね、何やってもだめ! バンド解散しちまえ!
「なァ、お前よぉ。近所のババアにあいさつ、すっか?」
「しますよ。ゴミ出しの時とか顔合わせますから」
「バカだな。お前ァだからバカなんだ。そういうのが死ぬタイプなんだよ。近所づきあいなんてするバカが死ぬんだ」
「ヤマさんはあいさつもできないんですか」
「誰にでもへーこらすんのはプライドのねェ奴がやるこった」
「……あいさつと媚び売ってるのは違いますけどね。違いわかんないんですか? 常識ないですよね」
「あ? んだとコラ」
「いーえ! 別に! ヤマさんがそうなさりたいならそうなさったらいいんじゃないですか!」
クビになる前日のこの会話はほとんど喧嘩だった。
私の声は甲高く、コロ助に似ている。
ヤマの声はキムタクをめちゃくちゃ気だるげにしてそこにペースト状にしたコナンのアカイシュウイチを混ぜて森進一を足したような感じ。
その二人が語気を強めて言い合っているので、店の外にまで面白声オーラが出てたのかその日は客がひとりもこなかった。

とはいえ、クビになったというか辞めてやったのはそういうくだらない喧嘩が理由ではない。
喧嘩、些細な会話の積み重ねもあるにはあるのだが、決定的な理由がある。
給料だ。
待ちに待った給料日。
個人経営のちいさな居酒屋では店長から給料袋でもらうのだと私は初めて知った。
「おら、今月の」
帰り際、どうでもよさそうにヤマから手渡された封筒が私には輝いて見えた。
ウキウキしながら家に帰り、さっそく給料袋から汗と涙と青アザの結晶を取り出す。
時給××円、週に3回だから……。
計算して出た金額は思いのほかに大きく感じる。
もう一度初任給をかみしめようと、一枚二枚とお札を数える。
数えるのだが、そのうちにどんどん私の首が斜めになっていく。
「……合わないな」
合わなかった。どう数えても8000円は足りない。
何度も計算したが、実際渡された紙幣より給料は多いはずなのだ。
恐る恐るヤマに電話をかける。
「あの、給料が計算額より少ないんですけど……?」
電話の向こうのヤマは「ああ」とあのシニカルな笑みを言葉の端ににじませていた。
「天引きしといた」

私の給料は天引きされていた。
全く知らなかった。
ヤマが「何回失敗してもいいから客いねェ時に生ビール練習しとけ」と唯一指示してくれた練習が普通に一杯失敗ごとに正規料金で給料から引かれていたことを。
不慮の事故で割れた土鍋を買い替えるお金が私の給料から引かれていたことを。
「ん。食え」と出されていたまかないが普通にお金とられていたことを。
私がヤマに罵倒され、客にオッパイと呼ばれ、時にアザができるほど殴られて得た給料はどう考えても説明義務がある事柄によって知らぬ間に引かれていた……!

電話口でヤマが「来月からよォ、俺のオンナが手伝いに来っから、お前のシフト減らすか、来ねぇことにするか悩んでんだけどよォ」とモッタリした声で問いかけてきて我に返った。
私は「もう辞めます!!!」と言って電話を切った。
それで、店に置いてたサンダルも引き取りに行かずにそれっきり連絡を取っていない。

私の初めてのバイトはほとんどハウルのセリフに集約される。
「面白そうな人だなぁと思って僕から近づいたんだ。それで、逃げ出した。恐ろしい人だった……」
最初からどう見てもヤバい店長だと思ってたのだ。
途中もずっとヤバい店長だと思い続けていた。
なのにひと月働いてしまった。完全にひと月無駄にしたと思った。
無駄に時間を使い、無駄に厳しい環境に身を置き、しないでもいい苦労をした。
あと肩に青アザもできたので寝返り打つたび痛い。
なのに給料から8000円引かれてる。薄給なので8000円と言ったらかなり大きい。

最初は面白ヤバい店長について面白く何か書こうと思ったら、書いてるうちにイライラしてきてふつうに愚痴になってしまったことをお詫びしたい。
しかし、みなさん、この店は現実にあるのだ。
さすがに店長の名前や店名は変えたにしても、今もふつうに営業していて食べログでも結構いい点数稼いでる。(むかつく記憶に邪魔されて書くのを忘れたが、料理は確かにおいしいのだ)
これからアルバイトというか仕事を始める人は、お店はよく選ぼう。
・店長に入れ墨が入ってる
・すぐ殴る
・口が悪い
・仕事を教えてくれない
・給料をなんの説明もなくいろいろ理由をつけて天引きしてくる
これらに当てはまるお店は絶対にやめよう!
たとえ何十件面接に落ちても、店長の彼女がマカロンくれても!
きっともっといいところがある。もっとマシなところがある。
「あっ、ヤバいだろうな」と感じ取ったら、その勘を信じるべきなのだ。
石の上にも三年。ありゃ嘘だ。


ちなみに、私はその後個人経営にも飲食にもほとほと懲りて、別のバイトを始めた。
無面接のイベント派遣スタッフだ。
高時給で仕事内容も行く現場ごとに変わるのでマニュアルを覚える必要も継続する人付き合いもない。
このアルバイトは大学を卒業するまで続けた。
携帯料金を払うには十分足りたし、貯金もできた。
ヤマのところでマジで「買ってした苦労」がクソの役にも立たない職場だった。

Posted at 17:20 | 小話 | COM(0) |
2016.12.18

『前世』

私は前世、トナカイの遊牧民だった。
そう言うとまちがいなく電波女なのだが、そうなのだ。
誰しも小さなころのぼんやりとした記憶があると思うが、私にもある。
ただ、それは「公園の砂場で山を作った」とか「ビー玉の取り合いで喧嘩になった」とかそんなのではない。

記憶の中で、私は眠りから目覚めたところだ。
何歳であるかは知れない。
ただ、母親らしい赤い頬の女性の膝に肩まですっぽり収まる体つきの幼い子どもらしかった。
母親の膝は獣の毛皮のような厚くて長い毛の布に覆われている。
もたれかかっていた私は目元を擦りながらあたりを見回す。
かぶせられたフードについた防寒の毛のせいで、体全体をひねるようにしないと周りを見ることさえ難しかった。
母と同じように毛皮のついたぶ厚い服の老婆や若い娘が身を寄せ合うようにして、膝を立てて座っている。
天井は低い。筵みたいなものが、母たちの頭の上にかかって屋根になっていた。
ガタガタと木板の床が揺れている。
揺れるたび、天井代わりの筵に隙間が空いた。
私は伸びをして、筵の隙間から外を覗いてみる。
雪の壁がある。横殴りに雪の粒が飛んでゆく。
私たちは、吹雪の雪原を滑るように進んでいるのだ。
母の手が伸びてきて私を膝の上に引き戻す。
静かな空間だった。

夢で見たとかではなくて、いつの頃からかぼんやりその光景が頭の中にある。
不思議に思って
「私って小さい頃、吹雪の中犬ぞりに乗ったとかそういう体験ある?」
と母親に聞いたところ、
「ゾウには乗せたことあるけどね」
としか返ってこなかったので、どうやら現実の記憶ではないようである。
しかしながら、子ども時代からの妄想癖だと片づけるのではあんまりに夢がないので、前世の記憶だということにして自分の中でその神秘性を保っている。
何もかも思い違いだとか夢だとかで片づけるのはもったいない。
それに、小学校の低学年の子どもにしては、知らない知識の混じった夢なのだ。

余談ではあるが、記憶の中にトナカイが出てこないのに「トナカイの遊牧民族」としたのは、先日大阪にある国立民族学博物館を来訪したからである。
展示の中に、夢で見たのとよく似た服が展示してあったのだ。
毛皮でできたコート、視界をさえぎるほど毛足の長いフードのふちの毛足。記憶のままだ。
雪原の中を走るための犬ぞりもあった。これは一人用で、形が違ったけれども。
その民族は、チュクチ族という。
ツンドラ地帯に住み、ハスキー犬と共にトナカイを遊牧する一族だ。
形質的にはモンゴロイド、赤い頬をした人々なのである。


(おわり)
Posted at 10:22 | 小話 | COM(0) |
2016.12.06

『トイレ』

トイレが好きだ。
排泄が好きという話ではなくて(人間の当然の生理現象としてもちろんそれはあるが、今語るべきことでない。これについてはそのうち。)場所が好きという話である。
昨今「便所飯」という、友達のいない学生が一人昼食を食べるのを恥じてトイレで食事をするという一種孤独の揶揄がある。
しかし私はそんな言葉のできるずっと前からトイレで食事をしていたし、それは孤独を隠すためでなく純粋に趣味である。
衛生的にどうなのかというのは置いておいて、他者の気配はするが区切られて落ち着いたプライベートルームとして利用させていただいているのだ。
隣で誰かが排泄を行うのを聞きながら「ああ、今日の玉子焼きは甘いな」なんてそういう塩梅だ。
嗅覚がどうにも鈍いので、臭いについては気にするところではない。
他者の排泄音についても別段思うところないので(ここが無関心な人間、不潔な女との誹りを受ける所以に思えてならないが、治る見込みはない。)大変に落ち着く。
もともと人目が気になって仕方ない性質なのだ。
誰の目もない、私一人だけになれる空間なんて素敵ではないか。
トイレで眠ることもある。
これも、別にブッダの息子ラーフラに倣ったとかではなくて、落ち着くからだ。
ベンチや公園の芝生で眠って子どもに指さされることしばし。路上に眠り通報されること一度。
もはや安心して眠れる場所は屋外にない。
日本は、いや現代社会は、布団以外での睡眠に厳格すぎる。頼む、寝かせてくれ。
だから、これもまたプライベートルームとしてトイレで眠る。
職場のトイレなどは掃除が行き届いて清潔であるし、ビニールシートや毛布を持ちこんで完全に眠る体勢で横になることさえある。
もちろん本を読んだり、携帯端末をいじったりすることもある。
時として着替えをすることも。
というように、トイレは私にとって外出先における「自室」と言っても良い位置づけなのだ。

これをお読みの方などいれば、一度自分のトイレの利用方法を考えて見てはいかがか。
もし、用便を足すだけに使う人があればそれはもったいないかもしれない。
いくつかの便利グッズを持ちこむだけで、家の外にたちまち自室が出現する。
そんな魔法が使える無限の可能性があるのだ。
ハリー・ポッターもかくやである。私はマホウトコロの修了生と言っても過言でない。
ただ、この「自室」を利用される際は時間帯とトイレの立地、設置個室数等々を熟慮した上で。

ここはトイレ。
基本的には、用便を足すための空間である。


(おわり)

Posted at 12:55 | 小話 | COM(0) |
2016.12.05

『部屋の隅』

私は四人家族だった。
父、母、私、弟。それに足して猫二匹。
ごく平均的な核家族である。教科書に載る手本のような。
だが、私にはごくまれに家の中に知らない家族を見ていたようである。


小さい頃住んでいた家は二階建ての一軒家。
ひとつ前の『風呂』の話でも語った、バリアフリー済みの家だ。
その家の、階段に近い角部屋はドアストッパーがつけられいつも少し開けられていた。
閉められているのを見たことはなかったと思う。
階段を使うたびにその部屋を隙間から覗くことになるのだが、幼稚園にあがったばかりの私は部屋を通り過ぎる時いつもドアの隙間に向かって手を振っていたらしい。
あまりにも毎回手を振るので不思議に思った母親が理由を聞くと、ドアと対角線上の部屋の隅に「黒っぽい人がいる」と言ったのだという。
子どもの言うことなので深くは追及されなかった。
多少不気味には思ったようだが、イマジナリーフレンドなりなんなり幼い子どもが大人には見えないものを主張する例は世界的にも多くみられる。
そう過敏になるようなものでもないのだ。
しかし、母は壁の隅に掛け軸を掛けた。
特にいわれのあるものでないが、お釈迦様の描かれたもので何かの助けになればと思ったのだろう。

その部屋は数年後小学校も中学年になった私に与えられることになった。
私も小さい頃の些細な出来事など忘れていたので特になんとも思わず日々を過ごしていた。
ごく幼い間しか私は「黒っぽい人」の存在は主張しなかったし、次に生まれた弟もそういうことを言い出すことが無かったから、家族の誰もがそんなことは忘れていたんじゃないかと思う。
初めて一人部屋を与えられた私はさっそく自分好みに部屋の内装を整えた。
元は家族全員の寝室であったので、子どもっぽいプリントのカーテンだったのを淡いピンクのものに。絨毯はパステルイエロー。カステラのようで気に入っていた。
部屋は少女らしいパステルカラーで統一され、満足した私は最後の仕上げに部屋の雰囲気から浮き上がったお釈迦様の掛け軸を取り外し、大手キャラクターグッズメーカーのカレンダーに掛け替えた。
そんな折り、初めての自分の部屋に浮かれた私は仲の良い友達を数人を部屋に招待することになった。
自慢の部屋のお披露目だ。
得意げに部屋のドアを開ける。
すると、部屋に入った瞬間一人の友達がムッとした顔をした。
せっかく遊びに呼んだのにそのムッとした表情の子はずっと機嫌が悪く、早めに帰ったので私も大層気分を悪くしたが、大きな喧嘩にはならなかった。
私は数年してその家から今のウサギ小屋の如きアパートに越した。
話はそれるが、本当に狭いのだ。特に風呂が狭い。
それについてはひとつ前の『風呂』という小話に詳しいのでお読みいただきたい。
風呂好きの諸君は耐えられるだろうか、脚を伸ばすどころか肩まで浸かれぬ正方形の浴槽に。
まぁ、それはおいておくとして。
私はある日、母親から私が小さい頃部屋の隅に手を振っていた話を聞いた。
母は野菜を刻んでいて、私は食事前にも関わらずポテトチップスを食べていた。本当になんでもない瞬間である。
それにつられ、友達を家に呼んだ時のことも思い出した。
どうにもそのことが気になって、あの時どうして機嫌が悪かったのかその子に電話で尋ねると、私の小さい頃の話を知らないはずの友達はこう返してきた。

「あんたの部屋の隅になんかいたから」

あの家が悪かったのか私に何かが憑いているのかはわからない。
しかし薄気味が悪く感じたのは確かだ。
私はアパートの部屋の隅に、前の家では部屋に合わないとはずした御釈迦様の小さな掛軸を再び掛けた。
余談ではあるが、小さい頃の私や友達の一人が何かがいるような気がした部屋は仏間のちょうど上で柱のある部屋。
気のせいか夢かだと思うことにしていたが、私はその部屋で何かの声と足の裏に何かが触れる感覚を度々感じていたのだった。


(おわり)

Posted at 15:11 | 小話 |
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