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2016.12.18

『前世』

私は前世、トナカイの遊牧民だった。
そう言うとまちがいなく電波女なのだが、そうなのだ。
誰しも小さなころのぼんやりとした記憶があると思うが、私にもある。
ただ、それは「公園の砂場で山を作った」とか「ビー玉の取り合いで喧嘩になった」とかそんなのではない。

記憶の中で、私は眠りから目覚めたところだ。
何歳であるかは知れない。
ただ、母親らしい赤い頬の女性の膝に肩まですっぽり収まる体つきの幼い子どもらしかった。
母親の膝は獣の毛皮のような厚くて長い毛の布に覆われている。
もたれかかっていた私は目元を擦りながらあたりを見回す。
かぶせられたフードについた防寒の毛のせいで、体全体をひねるようにしないと周りを見ることさえ難しかった。
母と同じように毛皮のついたぶ厚い服の老婆や若い娘が身を寄せ合うようにして、膝を立てて座っている。
天井は低い。筵みたいなものが、母たちの頭の上にかかって屋根になっていた。
ガタガタと木板の床が揺れている。
揺れるたび、天井代わりの筵に隙間が空いた。
私は伸びをして、筵の隙間から外を覗いてみる。
雪の壁がある。横殴りに雪の粒が飛んでゆく。
私たちは、吹雪の雪原を滑るように進んでいるのだ。
母の手が伸びてきて私を膝の上に引き戻す。
静かな空間だった。

夢で見たとかではなくて、いつの頃からかぼんやりその光景が頭の中にある。
不思議に思って
「私って小さい頃、吹雪の中犬ぞりに乗ったとかそういう体験ある?」
と母親に聞いたところ、
「ゾウには乗せたことあるけどね」
としか返ってこなかったので、どうやら現実の記憶ではないようである。
しかしながら、子ども時代からの妄想癖だと片づけるのではあんまりに夢がないので、前世の記憶だということにして自分の中でその神秘性を保っている。
何もかも思い違いだとか夢だとかで片づけるのはもったいない。
それに、小学校の低学年の子どもにしては、知らない知識の混じった夢なのだ。

余談ではあるが、記憶の中にトナカイが出てこないのに「トナカイの遊牧民族」としたのは、先日大阪にある国立民族学博物館を来訪したからである。
展示の中に、夢で見たのとよく似た服が展示してあったのだ。
毛皮でできたコート、視界をさえぎるほど毛足の長いフードのふちの毛足。記憶のままだ。
雪原の中を走るための犬ぞりもあった。これは一人用で、形が違ったけれども。
その民族は、チュクチ族という。
ツンドラ地帯に住み、ハスキー犬と共にトナカイを遊牧する一族だ。
形質的にはモンゴロイド、赤い頬をした人々なのである。


(おわり)
Posted at 10:22 | 小話 | COM(0) |
2016.12.06

『トイレ』

トイレが好きだ。
排泄が好きという話ではなくて(人間の当然の生理現象としてもちろんそれはあるが、今語るべきことでない。これについてはそのうち。)場所が好きという話である。
昨今「便所飯」という、友達のいない学生が一人昼食を食べるのを恥じてトイレで食事をするという一種孤独の揶揄がある。
しかし私はそんな言葉のできるずっと前からトイレで食事をしていたし、それは孤独を隠すためでなく純粋に趣味である。
衛生的にどうなのかというのは置いておいて、他者の気配はするが区切られて落ち着いたプライベートルームとして利用させていただいているのだ。
隣で誰かが排泄を行うのを聞きながら「ああ、今日の玉子焼きは甘いな」なんてそういう塩梅だ。
嗅覚がどうにも鈍いので、臭いについては気にするところではない。
他者の排泄音についても別段思うところないので(ここが無関心な人間、不潔な女との誹りを受ける所以に思えてならないが、治る見込みはない。)大変に落ち着く。
もともと人目が気になって仕方ない性質なのだ。
誰の目もない、私一人だけになれる空間なんて素敵ではないか。
トイレで眠ることもある。
これも、別にブッダの息子ラーフラに倣ったとかではなくて、落ち着くからだ。
ベンチや公園の芝生で眠って子どもに指さされることしばし。路上に眠り通報されること一度。
もはや安心して眠れる場所は屋外にない。
日本は、いや現代社会は、布団以外での睡眠に厳格すぎる。頼む、寝かせてくれ。
だから、これもまたプライベートルームとしてトイレで眠る。
職場のトイレなどは掃除が行き届いて清潔であるし、ビニールシートや毛布を持ちこんで完全に眠る体勢で横になることさえある。
もちろん本を読んだり、携帯端末をいじったりすることもある。
時として着替えをすることも。
というように、トイレは私にとって外出先における「自室」と言っても良い位置づけなのだ。

これをお読みの方などいれば、一度自分のトイレの利用方法を考えて見てはいかがか。
もし、用便を足すだけに使う人があればそれはもったいないかもしれない。
いくつかの便利グッズを持ちこむだけで、家の外にたちまち自室が出現する。
そんな魔法が使える無限の可能性があるのだ。
ハリー・ポッターもかくやである。私はマホウトコロの修了生と言っても過言でない。
ただ、この「自室」を利用される際は時間帯とトイレの立地、設置個室数等々を熟慮した上で。

ここはトイレ。
基本的には、用便を足すための空間である。


(おわり)

Posted at 12:55 | 小話 | COM(0) |
2016.12.05

『部屋の隅』

私は四人家族だった。
父、母、私、弟。それに足して猫二匹。
ごく平均的な核家族である。教科書に載る手本のような。
だが、私にはごくまれに家の中に知らない家族を見ていたようである。


小さい頃住んでいた家は二階建ての一軒家。
ひとつ前の『風呂』の話でも語った、バリアフリー済みの家だ。
その家の、階段に近い角部屋はドアストッパーがつけられいつも少し開けられていた。
閉められているのを見たことはなかったと思う。
階段を使うたびにその部屋を隙間から覗くことになるのだが、幼稚園にあがったばかりの私は部屋を通り過ぎる時いつもドアの隙間に向かって手を振っていたらしい。
あまりにも毎回手を振るので不思議に思った母親が理由を聞くと、ドアと対角線上の部屋の隅に「黒っぽい人がいる」と言ったのだという。
子どもの言うことなので深くは追及されなかった。
多少不気味には思ったようだが、イマジナリーフレンドなりなんなり幼い子どもが大人には見えないものを主張する例は世界的にも多くみられる。
そう過敏になるようなものでもないのだ。
しかし、母は壁の隅に掛け軸を掛けた。
特にいわれのあるものでないが、お釈迦様の描かれたもので何かの助けになればと思ったのだろう。

その部屋は数年後小学校も中学年になった私に与えられることになった。
私も小さい頃の些細な出来事など忘れていたので特になんとも思わず日々を過ごしていた。
ごく幼い間しか私は「黒っぽい人」の存在は主張しなかったし、次に生まれた弟もそういうことを言い出すことが無かったから、家族の誰もがそんなことは忘れていたんじゃないかと思う。
初めて一人部屋を与えられた私はさっそく自分好みに部屋の内装を整えた。
元は家族全員の寝室であったので、子どもっぽいプリントのカーテンだったのを淡いピンクのものに。絨毯はパステルイエロー。カステラのようで気に入っていた。
部屋は少女らしいパステルカラーで統一され、満足した私は最後の仕上げに部屋の雰囲気から浮き上がったお釈迦様の掛け軸を取り外し、大手キャラクターグッズメーカーのカレンダーに掛け替えた。
そんな折り、初めての自分の部屋に浮かれた私は仲の良い友達を数人を部屋に招待することになった。
自慢の部屋のお披露目だ。
得意げに部屋のドアを開ける。
すると、部屋に入った瞬間一人の友達がムッとした顔をした。
せっかく遊びに呼んだのにそのムッとした表情の子はずっと機嫌が悪く、早めに帰ったので私も大層気分を悪くしたが、大きな喧嘩にはならなかった。
私は数年してその家から今のウサギ小屋の如きアパートに越した。
話はそれるが、本当に狭いのだ。特に風呂が狭い。
それについてはひとつ前の『風呂』という小話に詳しいのでお読みいただきたい。
風呂好きの諸君は耐えられるだろうか、脚を伸ばすどころか肩まで浸かれぬ正方形の浴槽に。
まぁ、それはおいておくとして。
私はある日、母親から私が小さい頃部屋の隅に手を振っていた話を聞いた。
母は野菜を刻んでいて、私は食事前にも関わらずポテトチップスを食べていた。本当になんでもない瞬間である。
それにつられ、友達を家に呼んだ時のことも思い出した。
どうにもそのことが気になって、あの時どうして機嫌が悪かったのかその子に電話で尋ねると、私の小さい頃の話を知らないはずの友達はこう返してきた。

「あんたの部屋の隅になんかいたから」

あの家が悪かったのか私に何かが憑いているのかはわからない。
しかし薄気味が悪く感じたのは確かだ。
私はアパートの部屋の隅に、前の家では部屋に合わないとはずした御釈迦様の小さな掛軸を再び掛けた。
余談ではあるが、小さい頃の私や友達の一人が何かがいるような気がした部屋は仏間のちょうど上で柱のある部屋。
気のせいか夢かだと思うことにしていたが、私はその部屋で何かの声と足の裏に何かが触れる感覚を度々感じていたのだった。


(おわり)

Posted at 15:11 | 小話 |
2016.12.05

『風呂』

風呂が嫌いである。
若い娘にあるまじきことであるが、嫌いなのものはしょうがない。
別に猫のように体が濡れるのが嫌だとかそういうわけではないのだ。
ただ、温泉は好きだ。特に露天風呂は。
視界を遮る天井の無い屋外の風呂に浸かるのは、ジッとしていても退屈しないし、それに「安心だ」と思う。
つまりに、私にとって内風呂は「安全」に程遠いから嫌いなのだ。
特に自宅の風呂は。


私も以前はそれほど強固な風呂嫌いではなかった。
何かに理由をつけて入浴を拒んだり、烏の行水もかくやという早さで出るようになったのは今住む家に越してきてからのことだ。
家族は、それはこの家の風呂が狭いからだと思っている。
全くの余計噺になるが、うちの風呂は狭く、膝を三角に畳まないと入れない。足を伸ばすなど以ての外だ。体を最大限ちぢこめても肩まで浸かるのに苦労する有様。
しかし、それは大した問題でない。
入るたびにどこかしら体をぶつけて(大きな体と無駄に長い手足では体を洗うのにも苦心せねばならない。)青あざは絶えないが。
私は、家の風呂場という場所そのものが、信用のならない恐ろしい場所に思えているのだ。

ある日のこと。
一軒家(この家の風呂はバリアフリー化を済ませていて広く清潔であったことを併記させていただきたい。私はこの家の風呂がことに好きであった。)から今住んでいるウサギ小屋のようなアパートに越してきてから、一年ほど経った夏の日であったろうか。
夏場はシャワーで済ませることが多いのだけれども、その日は特に暑かったので私は浴槽にぬるま湯を張った。
家人は出かけて一人だったので勿体なくもあったが背に腹は代えられぬ。
熱中症で倒れては元も子もないと迷わず蛇口をひねったのを覚えている。
水に近い湯は熱いそれよりもずっと早く溜まり、私はすぐその中へ飛び込んだ。
風呂に入るというよりかは水浴びのような気持ちだったので、入浴剤の類は入れていない。
透明なぬるま湯の底に私の体の影が映っていた。
足、頭、手。
チャプチャプ揺れる水の中で、それらの影は泳ぐように揺れる。
風呂場に本やスマートフォンの類を持ちこむ質でないので、特に娯楽の無い私はそれをジッと見ていた。
ゆらゆら。影が揺れる。
私が水の中で手を振れば、正方形の狭いスクリーンの中で薄墨色の影も手を振りかえす。
小さな子どもであるまいにそれが面白いはずもないのだが、その年は異常に暑かったせいで私も熱に浮かされていたのであろう。飽きずにずっとやっていた。
次に頭をゆらゆら。影もゆらゆら……。
すると、風呂桶のスクリーンに、別の影がフッと現れた。
私の頭の影の斜め上のあたり。同じような、だが私の物より小さな頭の影が見える。
影が小さいということは、遠くにいる影なのだ。
遠くに。この狭い浴槽の、遠くにある影。
私はにわかに浴槽に溜めたぬるま湯の温度がグッと下がるのを感じた。
なんなのだ、この影は。
頭を振ってみる。近い方の影が揺れる。
もう一つの影は、揺れない。ジッとしている。
湯船の上に棚はない。何も置いていないのだ。影として映るものは、無いはずだ。
私は恐る恐る後方を振り返る。
後ろ、ななめ上。この小さな風呂場の左の隅に何かいるとでもいうのか。
夏とはいえ、こういう話題は御免こうむる。
祈るような気持ちであった。
目をつむったまま振り返り、意を決して開く。

何もなかった。

ホッとした。
単に見間違い、もしくは私の影が多重に映って見えたのだ。
そんなことがあるかは知らないが、私の理科の成績は散々なものだから、きっとあるのだろう。あるのだ。
胸をなでおろして、私は視線をツ……と右にずらした。
そこには換気扇がある。
その隙間、黒い闇の中にポッカリ二つの目。
目があった。

どうやって風呂から上がったか、覚えていない。
ほとんど裸のまま、濡れた体も構わず布団に包まって震えていたのが次の記憶だ。
私は、風呂が嫌いだ。
またあの目と視線がかち合ったらと思うと、内風呂は気が気でないのだ。
風呂場はまこと「安全」でない。

(おわり)
Posted at 12:44 | 小話 |
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