--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2017.04.12

『りんりん、病院に行こうよ』

りんりんが死んでしまった。
末期のがんだったらしい。

りんりんというのは、私が懐いてたおじさんだ。
父親の友人なので親子ほど歳が離れていたが、私は彼をりんりんと呼んだ。
私のお父さんはそこそこのレベルのろくでなしだったので、私を連れてよく徹夜マージャンに励んでいた。
りんりんは大体いつもその会場にいて、私と遊んでくれていた。
彼はマージャンが弱いのだ。
早々に負けてしまうと、酒もそこそこに幼い私と遊び始めるやさしいおじさん。
徹夜マージャンに連れて行かれては水割りをつくる役だった私に、水割りの作り方を教えてくれたのもりんりんだ。
まだ掛け算も覚えきらない子どもがそこそこちゃんとした水割りを作れるようになったのはりんりんのおかげ。
他のおっさんはかわいいロリ(私は当時はめちゃくちゃかわいかったんで)に酒の注文を当然のようにするばっかりなのでクソだ。
徹夜マージャン会場の家には子どもが引っ張り出せるような布団がなかったので床に寝ていたのだが、りんりんは勝手がいまいちわからないゴミ屋敷をウロウロしたあと、自分のジャケットを貸してくれた。
ほこりまみれの絨毯や冷たいフローリングの上に寝るのとは全然違う。
りんりんのジャケットはお父さんのよりも少しだけマシなにおいがした。
焼肉をした時も、「飴ヌ、肉焼けたぞ」とどんどんお皿に良い焼け具合のお肉を乗せてくれた。
子どもっぽい大人ばかりの中で、体の小さい子どもが食いっぱぐれなかったのは彼のおかげだ。
りんりんはおしゃべりでも気さくでもなかったし、どちらかと言えばぶっきらぼうなおじさんだったが、子どもにはとてもやさしかったので私はりんりんが大好きだった。
徹夜マージャン会場のおうちの子も「おっさんたちの中ではりんりんが一番すき」と意見を一致させた。
突然プレゼントをくれたこともある。
子どもの私が抱えると顔が半分見えなくなってしまうくらいの大きなテディベアで、お母さんが「りんりん、これ高かったんじゃないの?」と聞いたがりんりんは「いや、懸賞で当たったんだわ」とだけ言って帰って行った。
でも私は知っている。
りんりんがくれたテディベアは、特定の商品を買ってシールを何十枚も集めて、さらにそれに追加して3000円くらい支払って手に入れる限定のくまさんだ。
シールは偶然たまったにしても、3000円追加してくれたのがうれしい。
もしかしたら人にもらったのかもしれないが、新品の3000円+シール代金のテディベアってそんなにポンともらえるんだろうか?
今となっては、本当の入手経路はわからない。

小学校も高学年となると、少しはクールさを手に入れ劣悪環境と焼肉を天秤にかける頭の回転を手に入れ、私は焼肉付き徹夜マージャンについて行かないようになった。
焼肉は惜しいが、成長しはじめた私をからかうおっさんもいやだったし。
私とりんりんはちょっと疎遠になったが、交流は続く。
りんりんのお仕事は大工さん(だと思う)なので、困ったことがあるとなにかと出張修理を請け負ってくれたからだ。
これは私がそこそこからまずまずにランクアップし最終的に完全なろくでなしになったお父さんのもとを逃げ出してからも続いた。
元はお父さんの友だちのりんりんだが、お母さんにも親切だった。
それがまた私のりんりん好感度をアップさせていた。
なんでもできる大工さんのりんりんはいろんなものを修理してくれた。
蛇口、へし折れたトイレの蓋、食器棚の引き戸、棚……。
弟のためにロフトベッドを買った時に組み立ててくれたのもりんりんだ。
そんなりんりんだが、怪我が多いのも印象深かった。
まだ徹夜マージャン大会へついて行っていたころ、一向にマージャンに参加しないりんりんに「どうしたの? お金ないの?」と声をかけたら、無言で腫れ上がって紫色になった親指を見せてきた。
もう親指っていうか、手にアケビくっつけてるんですか? みたいな感じ。
「お医者さん行ったの!?」とわあわあ騒ぐ私にりんりんは「いやぁ、いいよ。治るから」と言っただけだった。
マージャン牌つかむのが痛くて参加してないくせにこのおっさんは何を言ってんだ? と思ったが、りんりんには焼肉やジャケットの恩義があるので私はとりあえず「そうなんだ」と言ったような気がする。
親指を金づちで思いっきり打ち付けただか角材と角材の間に挟めただか、理由がどれだかわからなくなるくらいりんりんはしょっちゅう怪我をしていた。
それで、そのたびに「いいよいいよ、そのうち良くなる」と言うばっかりで、病院には行かなかった。
風邪を引いてもそんな調子なので、一回そこそころくでなしのお父さんとゼリーを持ってお見舞いに行ったことがある。
りんりんは小学生より病院が嫌いなおじさんだった。

そんなりんりんが死んでしまった。
最初に書いたとおり、末期のがんだった。
私はがんの症状に詳しくないし、りんりんの親族でもないので詳細は聞いていない。
でも、体の調子がいよいよ悪くなって病院に運び込まれて検査された時にはもう手遅れだったと人づてに聞いた。
りんりんはそんなになるまで病院に行かなかったらしい。
全身に転移するだか、そこまで行ったら体も強めに危険信号を出していたんじゃないだろうか。
ちょっと変だなって具合の時に病院に行ってれば、りんりんはもう少し長生きできたんじゃないだろうか。
そう思わずにはいられない。
でも私には、体調が悪くなったりんりんが「いいよいいよ、そのうち良くなる」といつもの調子で病院に行かなかったのが容易に想像できてしまった。

いつもと違うな
なんかおかしいな
体がだるいな
どこかが痛いな
そう思ったら、すぐ病院に行ってくれと私は思う。
別になんでもないなら、それでいい。
なんでもなかったって安心をお金を払って買うようなものだから、病院に行ってくれないかと思うのだ。
私もりんりんのことを言えないので、足の怪我を大したことないと放っておいたせいで今も雨の日はしくしく痛む。
あとついでにメンタルも破裂寸前まで放置したので躁うつ病になった。
やっぱり定期的なメディカルチェックほど大事なものはない。
人間も機械と同じでメンテナンスしないと長く使えないみたいだ。
なんでもなくてもたまに検診するのも大事だよね!
大人になると会社の定期検診でもない限り受けなくなるし、自営業ならなおさら。
自分の体は自分で気遣ってあげるべきなのだ。



余談にはなるが、私はりんりんのお葬式に行けなかった。
完全なろくでなしにランクアップした後も着実にレベルを上げるお父さんが来る可能性があったからだ。
私はお悔み欄に三行で書かれたりんりんの葬儀の情報に向かって手を合わせただけだった。
それが残念でならない。

スポンサーサイト
Posted at 11:08 | 小話 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。