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2016.12.05

『部屋の隅』

私は四人家族だった。
父、母、私、弟。それに足して猫二匹。
ごく平均的な核家族である。教科書に載る手本のような。
だが、私にはごくまれに家の中に知らない家族を見ていたようである。


小さい頃住んでいた家は二階建ての一軒家。
ひとつ前の『風呂』の話でも語った、バリアフリー済みの家だ。
その家の、階段に近い角部屋はドアストッパーがつけられいつも少し開けられていた。
閉められているのを見たことはなかったと思う。
階段を使うたびにその部屋を隙間から覗くことになるのだが、幼稚園にあがったばかりの私は部屋を通り過ぎる時いつもドアの隙間に向かって手を振っていたらしい。
あまりにも毎回手を振るので不思議に思った母親が理由を聞くと、ドアと対角線上の部屋の隅に「黒っぽい人がいる」と言ったのだという。
子どもの言うことなので深くは追及されなかった。
多少不気味には思ったようだが、イマジナリーフレンドなりなんなり幼い子どもが大人には見えないものを主張する例は世界的にも多くみられる。
そう過敏になるようなものでもないのだ。
しかし、母は壁の隅に掛け軸を掛けた。
特にいわれのあるものでないが、お釈迦様の描かれたもので何かの助けになればと思ったのだろう。

その部屋は数年後小学校も中学年になった私に与えられることになった。
私も小さい頃の些細な出来事など忘れていたので特になんとも思わず日々を過ごしていた。
ごく幼い間しか私は「黒っぽい人」の存在は主張しなかったし、次に生まれた弟もそういうことを言い出すことが無かったから、家族の誰もがそんなことは忘れていたんじゃないかと思う。
初めて一人部屋を与えられた私はさっそく自分好みに部屋の内装を整えた。
元は家族全員の寝室であったので、子どもっぽいプリントのカーテンだったのを淡いピンクのものに。絨毯はパステルイエロー。カステラのようで気に入っていた。
部屋は少女らしいパステルカラーで統一され、満足した私は最後の仕上げに部屋の雰囲気から浮き上がったお釈迦様の掛け軸を取り外し、大手キャラクターグッズメーカーのカレンダーに掛け替えた。
そんな折り、初めての自分の部屋に浮かれた私は仲の良い友達を数人を部屋に招待することになった。
自慢の部屋のお披露目だ。
得意げに部屋のドアを開ける。
すると、部屋に入った瞬間一人の友達がムッとした顔をした。
せっかく遊びに呼んだのにそのムッとした表情の子はずっと機嫌が悪く、早めに帰ったので私も大層気分を悪くしたが、大きな喧嘩にはならなかった。
私は数年してその家から今のウサギ小屋の如きアパートに越した。
話はそれるが、本当に狭いのだ。特に風呂が狭い。
それについてはひとつ前の『風呂』という小話に詳しいのでお読みいただきたい。
風呂好きの諸君は耐えられるだろうか、脚を伸ばすどころか肩まで浸かれぬ正方形の浴槽に。
まぁ、それはおいておくとして。
私はある日、母親から私が小さい頃部屋の隅に手を振っていた話を聞いた。
母は野菜を刻んでいて、私は食事前にも関わらずポテトチップスを食べていた。本当になんでもない瞬間である。
それにつられ、友達を家に呼んだ時のことも思い出した。
どうにもそのことが気になって、あの時どうして機嫌が悪かったのかその子に電話で尋ねると、私の小さい頃の話を知らないはずの友達はこう返してきた。

「あんたの部屋の隅になんかいたから」

あの家が悪かったのか私に何かが憑いているのかはわからない。
しかし薄気味が悪く感じたのは確かだ。
私はアパートの部屋の隅に、前の家では部屋に合わないとはずした御釈迦様の小さな掛軸を再び掛けた。
余談ではあるが、小さい頃の私や友達の一人が何かがいるような気がした部屋は仏間のちょうど上で柱のある部屋。
気のせいか夢かだと思うことにしていたが、私はその部屋で何かの声と足の裏に何かが触れる感覚を度々感じていたのだった。


(おわり)

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Posted at 15:11 | 小話 |
2016.12.05

『風呂』

風呂が嫌いである。
若い娘にあるまじきことであるが、嫌いなのものはしょうがない。
別に猫のように体が濡れるのが嫌だとかそういうわけではないのだ。
ただ、温泉は好きだ。特に露天風呂は。
視界を遮る天井の無い屋外の風呂に浸かるのは、ジッとしていても退屈しないし、それに「安心だ」と思う。
つまりに、私にとって内風呂は「安全」に程遠いから嫌いなのだ。
特に自宅の風呂は。


私も以前はそれほど強固な風呂嫌いではなかった。
何かに理由をつけて入浴を拒んだり、烏の行水もかくやという早さで出るようになったのは今住む家に越してきてからのことだ。
家族は、それはこの家の風呂が狭いからだと思っている。
全くの余計噺になるが、うちの風呂は狭く、膝を三角に畳まないと入れない。足を伸ばすなど以ての外だ。体を最大限ちぢこめても肩まで浸かるのに苦労する有様。
しかし、それは大した問題でない。
入るたびにどこかしら体をぶつけて(大きな体と無駄に長い手足では体を洗うのにも苦心せねばならない。)青あざは絶えないが。
私は、家の風呂場という場所そのものが、信用のならない恐ろしい場所に思えているのだ。

ある日のこと。
一軒家(この家の風呂はバリアフリー化を済ませていて広く清潔であったことを併記させていただきたい。私はこの家の風呂がことに好きであった。)から今住んでいるウサギ小屋のようなアパートに越してきてから、一年ほど経った夏の日であったろうか。
夏場はシャワーで済ませることが多いのだけれども、その日は特に暑かったので私は浴槽にぬるま湯を張った。
家人は出かけて一人だったので勿体なくもあったが背に腹は代えられぬ。
熱中症で倒れては元も子もないと迷わず蛇口をひねったのを覚えている。
水に近い湯は熱いそれよりもずっと早く溜まり、私はすぐその中へ飛び込んだ。
風呂に入るというよりかは水浴びのような気持ちだったので、入浴剤の類は入れていない。
透明なぬるま湯の底に私の体の影が映っていた。
足、頭、手。
チャプチャプ揺れる水の中で、それらの影は泳ぐように揺れる。
風呂場に本やスマートフォンの類を持ちこむ質でないので、特に娯楽の無い私はそれをジッと見ていた。
ゆらゆら。影が揺れる。
私が水の中で手を振れば、正方形の狭いスクリーンの中で薄墨色の影も手を振りかえす。
小さな子どもであるまいにそれが面白いはずもないのだが、その年は異常に暑かったせいで私も熱に浮かされていたのであろう。飽きずにずっとやっていた。
次に頭をゆらゆら。影もゆらゆら……。
すると、風呂桶のスクリーンに、別の影がフッと現れた。
私の頭の影の斜め上のあたり。同じような、だが私の物より小さな頭の影が見える。
影が小さいということは、遠くにいる影なのだ。
遠くに。この狭い浴槽の、遠くにある影。
私はにわかに浴槽に溜めたぬるま湯の温度がグッと下がるのを感じた。
なんなのだ、この影は。
頭を振ってみる。近い方の影が揺れる。
もう一つの影は、揺れない。ジッとしている。
湯船の上に棚はない。何も置いていないのだ。影として映るものは、無いはずだ。
私は恐る恐る後方を振り返る。
後ろ、ななめ上。この小さな風呂場の左の隅に何かいるとでもいうのか。
夏とはいえ、こういう話題は御免こうむる。
祈るような気持ちであった。
目をつむったまま振り返り、意を決して開く。

何もなかった。

ホッとした。
単に見間違い、もしくは私の影が多重に映って見えたのだ。
そんなことがあるかは知らないが、私の理科の成績は散々なものだから、きっとあるのだろう。あるのだ。
胸をなでおろして、私は視線をツ……と右にずらした。
そこには換気扇がある。
その隙間、黒い闇の中にポッカリ二つの目。
目があった。

どうやって風呂から上がったか、覚えていない。
ほとんど裸のまま、濡れた体も構わず布団に包まって震えていたのが次の記憶だ。
私は、風呂が嫌いだ。
またあの目と視線がかち合ったらと思うと、内風呂は気が気でないのだ。
風呂場はまこと「安全」でない。

(おわり)
Posted at 12:44 | 小話 |
2016.12.05

はじめに

日々流れていくこと、よしないことをまとめるための備忘録であります。

一々言葉にしなければ端から忘れていく性質なので、これは自分のため。
だから誰に読ませるためというものではないのだけれど、つい、誰かに語るていで書いてしまう。
自分の一番楽な書き言葉で、と思うとこんなふうに妙に気取った言葉遣いになってしまうから少しばかり恥ずかしいけれども。
高校生の時はこうしたことをノートに書き綴っては人に見せていたからあのころから少しも変わっていないのかもしれない。
また、懐かしく日々のことを書いてみようと思う。
SNSも大いにやるが、そこでは話しづらいようなことも。
これは日記であり、覚書であり、自分語りの場として活用していきたく思う。
ただ、ここをもし読まれる方がいるとしたら、書かれていることが全て本当の私の体験だとは思わないことだ。
半分が本当で、もう半分は事実無根の妄言かもしれない。

(おわり)

Posted at 11:58 | 未分類 |
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